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黒皮甘栗 の変更点

黒皮甘栗(Kurokawa Amaguri)は、西洋カボチャの一種。
&attachref(./Kurokawaamaguri (1)_1.PNG,10%);
画像出典:丸種絵袋から発売された絵袋。富山市内の種苗店旧蔵。
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&attachref(./Kurokawaamaguri_noy (1).JPG,20%);
画像出典:1930年の「農業及園芸」内に掲載された埼玉産の「栗南瓜」。
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 「黒皮甘栗」は「甘栗」と名にあることから「赤皮甘栗」(=会津栗)と同様に福島・会津地方で成立した品種の様に思われるが、実際は埼玉で作出されたものと考えられる((薄上秀男(1979)によれば、福島農試会津支場に保存されていた「会津栗」の4系統の一つに黒皮で2kg程度の系統があったものの、甘みが薄いことからこの系統は普及しなかったと述べている。なお、残りの3系統はいずれも赤皮のものである。))。
 埼玉県入間郡三芳村・北永井出荷組合の細谷喜七が、1924年(大正13年)に北海道の親戚よりデリシャス種と思われる西洋種一個を貰い受け試食。翌年1925年に試作を開始した。有望性を見込んで細谷は京橋の青果問屋・上萬商店に出荷を開始した。次第に東京市場でこのカボチャは評判となり、1925年(昭和元年)に上萬商店によって「栗南瓜」と命名された。
 埼玉県入間郡三芳村・北永井出荷組合の細谷喜七が、1924年(大正13年)に北海道の親戚よりデリシャス種と思われる西洋種一個を貰い受け試食。翌年1925年に試作を開始した。有望性を見込んだ細谷は京橋の青果問屋・上萬商店に出荷を開始した。次第に東京市場でこのカボチャは評判となり、1925年(昭和元年)に上萬商店店主によって「栗南瓜」と命名された。
 戦後の種苗目録においては、「黒皮甘栗」(大和農園・1958、坂田種苗・1957)、「黒栗」(タキイ種苗・1964)等の名称で記載されており、1953年(昭和28年)の札幌農園の目録では、「黒皮栗南瓜」と共に(黒皮埼玉栗南瓜)との注釈が併記されている。
 
 一果1.5~1.8kgで果形は果梗側の突き出た擬宝珠である。種子は会津栗と同じく黄褐色で、白い種皮のデリシャスと区別できる。生育は旺盛である。肉質は粉質寄りで、貯蔵性も高い。


参考文献
薄上秀男(1979):ふるさとの野菜-日本野菜誌. 誠文堂新光社.
渡辺誠三(1940):果菜. 東京明文堂. 
柿崎洋一(1930):進出目ざましき栗南瓜. 農業及園芸 5巻1号. 養賢堂.
各社種苗目録

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